2012年4月12日 (木)

花が咲き始める季節。
心が浮き足立つ春。

一番好きな花はモクレンだ。

なのに今年は一瞬でモクレンが散ってしまった。
その儚さに気分が落ち込んでいると、
こんなメッセージをくれた人がいた。

「花散れど愛でてれば
その美しさは残るもんです。」
目連和尚のお言葉だそうだ。

なんて美しい言葉。
なんて美しい心。

私は一気に救われた。


| | コメント (0)

2012年1月 3日 (火)

心に残ったメッセージ

千住博さんについて調べていたら
京都造形芸大のページにたどり着いた。
学長をされているらしく、学生さんに下記のメッセージを寄せていた。

とても心に残ったので記しておこうと思う。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


この通信教育部で学んでいる皆さんの姿や作品を目の当たりにして、
私はあることを思い出しました。
それは今から約8年前、私が大徳寺聚光院別院の襖絵を依頼されたときのことです。
大徳寺といえば禅の総本山であり、聚光院には狩野永徳の襖絵も伝わっています。
その別院を描くというのは、日本画家にとってこの上ない名誉なことであります。
 よし、いい絵を描いてやろう、もっと有名になってやろう。
しかし、そう思った私は何も描きはじめることができませんでした。
それどころか、画面に近づくことさえできなかったのです。
有名になりたい、偉くなりたい、ひとから褒められたい。
そんなことを思いながら描こうとした自分を、絶対に画面は許してくれなかったのです。
結局、私は1年間も真っ白な画面とにらめっこをつづけることになりました。
 そのうちに、ふと思ったのです。「なぜ私は画家になったんだろう?」
自分が一番好きなことをやりたい。才能がなくてもかまわない。
好きなことができる人生を自分は過ごしてみたい。
そう思った私は推薦校を辞退して、二年浪人して芸大にすすみました。
そんな高校生のときの気持ちが、とつぜん心によみがえったのです。
褒められなくても、いい絵にならなくてもいい。好きな絵が描ける。
なんてしあわせな人生だ。思った次の瞬間、画面が近くに感じられた。
画面が私を許し、受け入れてくれたんです。
それから数年かけて一気に描きあげることができました。
 では自分が悩みつづけた日々はなんだったのか。無駄だったのか。
でもこの1年がなかったら、大切なものを失っているか、
大きな勘違いをしているか、いまの私にはなっていなかった気がする。
大徳寺という禅寺で、まるで若い修行僧のように白い画面と向きあった、
あの苦行のような1年は、私たち画家にとって最も大切ななにかを教えてくれた気がします。
 皆さんの作品を見て感じること。
それは、時間をつくるのも大変、やる気をふりしぼるのも大変、
その中で苦行のように一生懸命にやったひたむきな経験の尊さです。
気が乗るときだけじゃない、家事の合間、仕事のあと、
とにかく時間をつくって作品に向かうという、その気持ちの尊さです。
学生時代、恩師の一人である平山郁夫先生は「描けても描けなくても、
毎日決まった時間に絵の前に座るくせをつけなさい」と私に教えてくれました。
これは私が芸大で教わった何よりも大切なことです。
 皆さんのように働きながら、生活をしながら学びつづけるのは、本当に尊いことです。
一生学びつづける。これは芸術家はもちろん人としても理想の形です。
ただ、ひらめくときばかりじゃない。そのときに自分を支えるのが
「とにかく創るくせをつける」ということなのです。
私たちは、生涯現役としてやっていく仲間です。
私は皆さんの作品に感動します。でも何より、
皆さんが作品をつくるにあたって乗り越えてきた苦行を、
自分のことのように思い、感動するのです。
 表現は未熟かもしれない、評価は厳しいかもしれない。
でも人が、本当に感動するのは決してうまい下手ではないのです。
なんとか自分を伝えたいと思う心意気なのです。
これからも学んでいくうちにいろんなことがあるでしょう。
しかし、どんなことがあっても、いつも創作に向き合える習慣を身につけてもらいたい。
そして、なんとかこれを人に見せたい、見せる必要がある。
そう思えるような人生を過ごしていただきたいと思います。

| | コメント (0)

2010年10月 4日 (月)

「話す写真」  by畠山直哉

写真家・畠山直哉さんのトーク集
「話す写真 見えないものに向かって」を読んだ。
とてもいいことが書いていたので、その中の一部を記しておこうと思う。

作品制作を続けている人にはぜひ読んで欲しい、
オススメの一冊です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
学生時代に写真と出会った頃、私は写真の性質を知ることに夢中でしたが、自分なりに理解した写真の性質は、その後、私の住む環境を考えるための方法になりました。そうして新しく写真を撮ると、その中には幸運にも、写真の別の性質を知るためのきっかけが、備わっていることが多かったのです。
2000年に出版した「アンダーグラウンド」の本の後書きに私は次のように書きました。

次に何をすればいいのかを、自分の撮った写真が教えてくれる時ほど心躍ることはない。幸い僕はそうやって写真に教えられながら、一つの石を蹴るようにして、いろいろな場所を回ってきた。石灰石の採掘場から始まった僕の石蹴りが、東京の地下の川まで来ることなど、昔の僕は全然予想していなかった。

たぶんこの石蹴りはこれからも続くだろうが、小学校の帰り途の石蹴りとは違い、これは「家まで」などと目標を決めて蹴って行くことはできない性質のものだ。僕は自分で蹴った石に導かれて進んでいるに過ぎない。その途中、多くの予期しない光景に出くわす度に、このただの石ころは、僕にとって大切なものになってゆく。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Hatake_


| | コメント (0)

その他のカテゴリー

おすすめの言葉 | おでかけ | 展覧会 | 復興応援